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kinorin10000u

Author:kinorin10000u
愛知県名古屋市守山区在住。
午年生まれです。
スタンプ・クイズラリーが好き。

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松ヶ洞18号墳の発掘2
 円周部に円筒埴輪が並んで出てきた松ヶ洞18号墳ですが、
3月の中旬からはトレンチがしっかりと掘られ、中央部の調査も始まりました。
松ヶ洞18発掘3
 
 墳丘の西側部分にある大きな木の根の除去に時間がかかり、
中央にあるはずの埋葬施設の調査は時間に追われているようでした。松ヶ洞18発掘4
 埋葬施設の上部に丸っこい石が多数あるように見えました。
粘土槨があったかどうかは素人には分かりませんでした。

松ヶ洞18発掘後
 調査終了予定日の3月31日の夕方には墳丘は消滅していました。

 4月2日には、隣接する松ヶ洞19号墳の発掘調査の準備が行われていました。



史跡めぐり | 18:36:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
松ヶ洞18号墳の発掘1
松ヶ洞古墳群図
 松ヶ洞古墳は名古屋市守山区にある尾張龍泉寺の東側に位置する初期の群集墳です。
唯一の方墳である8号墳は模型と出土品が名古屋市博物館に展示されています。
 東端にあたる区画で宅地造成工事が進み、18号墳と19号墳は消滅することになりました。

松ヶ洞18発掘前
 左側の写真は2019年3月、宅地造成の話が無かったころ。北側の道から南へ近道の途中。
谷筋から上がった位置が少し盛り上がっていましたが、このあたりが古墳と推測。
 右側の写真は宅地造成がある程度すすんだ2020年1月。
このあたりにはたくさんの実をつける栗の樹があったのですが、伐採されました。

松ヶ洞18発掘1
 その後、2020年2月中旬から、文化財保護室により18号墳の調査が始まりました。
そして2月の終わりごろに、円筒埴輪の破片が出土していました。
 名古屋市遺跡分布図では18号墳は直径8mと記載ですが、直径15mくらいありそう。
逆に19号墳は直径13mよりもかなり小さいのではないかと、担当者が話していました。
 (正確なことは発掘調査報告書が作成されてから)

松ヶ洞18発掘2
 さらに、3月上旬には古墳の外周を囲むように円筒埴輪が出土していました。
素人の目には2段構造のテラスに円筒埴輪が並んでいるように思えます。
 予想以上の数なので中心郭の調査は遅くなるかもしれませんが、期待しています。

竜泉寺東側からの眺望
 これらの古墳の造営者や参拝者も、勢力範囲であったかもしれない庄内川沿岸や
御岳・中央アルプスを眺めていたのでしょう。 (この写真は「竜泉寺の湯」付近からの眺望です)

史跡めぐり | 07:11:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
志段味 村絵図の里めぐり2019
志段味2019村絵図の里めぐり コース2
 コース案内の手伝いをすることになり、事前に下見にいってきました。

志段味2019役場跡+頌徳碑
 志段味支所には志段味村役場跡の碑があります。明治22(1889)年に志談村ができました。
上志段味村が抜けた後、明治39(1906)年7月に再び上志段味村が合流して志段味村が発足。
昭和29(1954)年6月に東春日井郡守山町に編入するまでの48年弱が志段味村でした。
村役場の実際の場所はこの碑から北西に180mとあるので、印をつけた県道上と思われます。
 左の碑には「縣道編入並改修 庄内川 三橋架設 記念碑 愛知縣知事 山脇春樹 書」とあります。
山脇春樹氏が愛知県知事であったのは大正13(1924)年6月~大正15(1926年9月の間。
県道になったのは15号名古屋―多治見線のことです。
三橋は1925年に志段味橋、1926年に東谷橋と吉根橋で、いずれも木製でした。
 関連した「頌徳(しょうとく)碑」がJISなごやの敷地内(中志段味のバス停前)にありました。
この碑では、縣道編入も三橋架設も志段味村 村長だった深田市太郎氏の尽力によるとのこと。
昭和25(1959)年に69才で逝去されたらしいので、当時は30代半ばだったのですね。

志段味2019歩行者自動車専用道
 吉根八幡神社と吉根中学校の中間付近から上志段味大久手池付近までの約5kmの
自転車歩行者専用道。ですが、後半2kmはまだできていません。
ところどころに「志段味カルタ」が掲示されています。

志段味2019八幡神社
 志段味八幡神社には石製の蕃塀がありました。大森の八幡神社と異なり彫刻はありません。
境内には「廿三夜塔」がありました。月待行事の一つで、下弦の月の直後の夜に集まります。

志段味2019巡見道
 江戸時代に幕府の巡見使が新居(尾張旭)から勝川方面に向かう途中に通った「巡見道」。
志段味にはいる直前は、今の滝ノ水池(海老蔓池)の真ん中から堤防階段辺りを通ったようです。
当時は橋はないので、野添川と庄内川との合流点付近、大日の渡しを通ったとも思われます。
今以上に濃尾平野や東濃の山々がよく見えたことでしょう。

志段味2019秋葉神社
 秋葉神社の「カグツチノカミ」は八幡神社に合祀されているそうです。
なので、この建物が秋葉神社がどうかよく分かりません。お寺の拝殿風の建物だなぁと思えます。
天王社に傘がぶら下がっていました。境内には百度参りならぬ「千度参り」の石柱がありました。

志段味2019野墓
 河岸段丘を上り、しばらく県道沿いを歩くと、大きなクロガネモチの樹が見えてきます。
そこが野墓で、六地蔵の半中に棺桶を置いた石があります。
守山区内では森孝新田と竜泉寺地区に野墓が残っています。

志段味2019常楽院
 常楽院の堂の中には「千体地蔵」が祀られています。どうやら増殖中のようです。
一人一人のお顔が異なっているかどうかは、よく分かりませんでした。
 
志段味2019天白・元屋敷遺跡比較
 常楽院から北側に細い道を下ると守山高校。その東側には大きな貯水池ができています。
以前撮った天白・元屋敷遺跡の発掘調査地と並べてみました。

志段味2019才井戸流
 名古屋有数の湧水と湿地があり貴重な生物が見られた才井戸流ですが、湧水の場所が変化。
生態系が大きく変わっているような気がします。
噂されているコストコができると、この風景を維持するのは難しいかもしれません。

 坂の上の諏訪社には廿二夜塔があるそうで、こちらは女性の信仰が多いとか。
藤塚バス停から中志段味バス停に向かう途中のスーパーマーケットで、疲れを癒すのもいいかも。

史跡めぐり | 15:38:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
志段味白鳥塚&白鳥 2019
白鳥塚案内図
 志段味古墳群限定のリアルRPG「しだみクエスト」の続きをやりたい。という人につきあって
白鳥塚(しらとりづか)古墳にいきました。

白鳥塚2019-1
 周濠手前の樹木にニイニイゼミの抜け殻がついていました。
枝葉の先にはクマゼミの抜け殻が多数。
 近くに腹部を失ったカブトムシのオスもいましたが、その写真を載せるのはやめます。
 
白鳥塚2019-2
 反対側の造り出し付近にはアブラゼミがいましたが、午前中なので鳴いていません。
ひょっとしたらメスだったかもしれませんが、確かめる前に飛んでいきました。

東谷山白鳥2019-1 
 RPGの場所は「東谷山白鳥(しろとり)古墳」に先に行くのだった。
ということで徒歩で裏道を移動。

東谷山白鳥2019-2
 このすべてがレンズについた埃に日光が反射した模様。と言い切れるかな?
六角模様じゃなかったらちょっと怖いかも。

白鳥塚P
 白鳥塚古墳の反対側に駐車場と身障者用トイレができていました。
水筒の中身が減ったので飲料水の自販機を探してバスの発着場までいってみましたが、
ありませんでした。そこからしだみゅーまで歩く元気は無し。
 結局、白鳥塚のボスキャラをやっつける前に暑さで人もスマホもダウン寸前で撤退しましたとさ。

史跡めぐり | 16:37:02 | トラックバック(0) | コメント(0)
しだみ古墳群ミュージアム3
しだみゅ1
 4月3日、期日前投票で区役所の志段味支所にいくついでに、「しだみゅ」に立寄りました。

しだみゅ2
 閉館の1時間前でしたが、貸切に近い状態になることもありました。おかげで写真撮り放題。

しだみゅ3
 志段味古墳群の紹介アニメの観客は、大正15年生まれの93歳が一人。
この後に来た人はアニメのスタートボタンを非常用のボタンだと思ったそうです。
 間違えやすいので、色を変えるかスタートの表示を大きくするのが良いかも。

しだみゅ4
 白鳥塚古墳の葺石に使われていた石英に触ることができる!石英だから徐々に小さくなりそう。

しだみゅ5
 志段味大塚古墳第1埋葬施設の王と対面。
 第2埋葬施設の方が中央に位置しているので、第1埋施設の王は後から埋葬されたと推測。
第2埋葬施設の主は不明ですが、玉は出土していないので巫女ではないはず。
 きのりんは年少の男子(財産をもっていない)と妄想。

しだみゅ6
 ちゃんと撮れていないですが、埴輪の作り方コーナー。
次にハニワもどきを作るときの参考にします。

しだみゅ7
 古墳時代中期・後期から終末期にかけての志段味古墳群の説明コーナー。
志段味古墳群のなかで最も原型を留めている勝手塚古墳が好きです。

しだみゅ8
  この収蔵庫の手前には天白元屋敷遺跡の出土遺物。奥には調査研究室があります。
遺物と遺跡は一体で検討するものですから、出土状況の写真も設置してほしい。

しだみゅ9
 1923年に志段味大塚古墳の第1埋葬施設で出土した副葬品は京都大学の所有物なので、
2019年の6月23日まで展示された後、京都大学に返却されます。その後はもう見られない?
 名古屋市博物館で所蔵すべきだと、考古学の素人は思います。

しだみゅ10
 コスプレ体験のできるコーナーですが、スペースが狭い。
リトルワ―ルドや明治村のように、衣装を付けて屋外を歩き古墳とツーショットできるといいね。

史跡めぐり | 13:05:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
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