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しだみ古墳群ミュージアム3
しだみゅ1
 4月3日、期日前投票で区役所の志段味支所にいくついでに、「しだみゅ」に立寄りました。

しだみゅ2
 閉館の1時間前でしたが、貸切に近い状態になることもありました。おかげで写真撮り放題。

しだみゅ3
 志段味古墳群の紹介アニメの観客は、大正15年生まれの93歳が一人。
この後に来た人はアニメのスタートボタンを非常用のボタンだと思ったそうです。
 間違えやすいので、色を変えるかスタートの表示を大きくするのが良いかも。

しだみゅ4
 白鳥塚古墳の葺石に使われていた石英に触ることができる!石英だから徐々に小さくなりそう。

しだみゅ5
 志段味大塚古墳第1埋葬施設の王と対面。
 第2埋葬施設の方が中央に位置しているので、第1埋施設の王は後から埋葬されたと推測。
第2埋葬施設の主は不明ですが、玉は出土していないので巫女ではないはず。
 きのりんは年少の男子(財産をもっていない)と妄想。

しだみゅ6
 ちゃんと撮れていないですが、埴輪の作り方コーナー。
次にハニワもどきを作るときの参考にします。

しだみゅ7
 古墳時代中期・後期から終末期にかけての志段味古墳群の説明コーナー。
志段味古墳群のなかで最も原型を留めている勝手塚古墳が好きです。

しだみゅ8
  この収蔵庫の手前には天白元屋敷遺跡の出土遺物。奥には調査研究室があります。
遺物と遺跡は一体で検討するものですから、出土状況の写真も設置してほしい。

しだみゅ9
 1923年に志段味大塚古墳の第1埋葬施設で出土した副葬品は京都大学の所有物なので、
2019年の6月23日まで展示された後、京都大学に返却されます。その後はもう見られない?
 名古屋市博物館で所蔵すべきだと、考古学の素人は思います。

しだみゅ10
 コスプレ体験のできるコーナーですが、スペースが狭い。
リトルワ―ルドや明治村のように、衣装を付けて屋外を歩き古墳とツーショットできるといいね。

史跡めぐり | 13:05:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
しだみ古墳群ミュージアム2
 3月30日の午後、「しだみゅ」のオープニングイベントを見に行きました。
しだみ古墳ミュージアム4
 熱唱する「まりこふんさん」と、踊る「埴輪氏武」。そして雨の中、大集合の観客たち。

しだみ古墳ミュージアム5
 館内ロビーの壁画。これを見たかった。

しだみ古墳ミュージアム6
 自動扉の古墳の絵が左右に分かれて展示室に入ります。

しだみ古墳ミュージアム7
 「5分でわかる!志段味古墳群」のスライドショー。
このために自動扉は手動にして案内の人が開閉していました。

しだみ古墳ミュージアム8
「復活!志段味古墳の王」。この馬が古代の馬の体型なのかちょっと分からなかった。
 京都大学総合博物館に所蔵されていた志段味大塚古墳の出土品は、短期間の展示かも。

しだみ古墳ミュージアム9
 志段味古墳群だけでなく、小幡長塚古墳の出土品も展示されていました。

しだみ古墳ミュージアム10
 中志段味の守山高校南にあった「天白元屋敷遺跡」の出土品。
弥生時代~古墳時代~奈良時代~平安時代~鎌倉時代~室町時代と続く、「歴史の里」でした。

しだみ古墳ミュージアム11
 古代人のコスプレができるようです。

しだみ古墳ミュージアム12
 しだみ古墳群ミュージアム駐車場の北側にあるタイル製の河岸段丘模型。
東谷山の群集墳の多くは省略されてるようです。

しだみ古墳ミュージアム13
 志段味古墳群の中では改変度は少ないが正体は不明な大塚3号墳。
向こうに大幅な厚化粧を施された志段味大塚古墳。そして、奥に名古屋の最高峰・東谷山。

史跡めぐり | 06:22:31 | トラックバック(0) | コメント(0)
しだみ古墳群ミュージアム1
 3月30日オープン予定の「しだみ古墳群ミュージアム」の外観を見てきました。
しだみ古墳ミュージアム1
 まだ、いくつかのモニュメントは隠されています。オープン後に写真を追加する予定です。

しだみ古墳ミュージアム2
 こちらは古墳群への通路がある南側の外観。2階から渡り廊下が接続されています。
2階の室内の一部が見えそうでしたが、オープン後の楽しみとします。

しだみ古墳ミュージアム3
 大塚2号墳・3号墳近くにある案内板もカバーで隠されていましたが、
3月30日のオープニングイベントの日にはカバーがはずされていました。

しだみハニワ
 しだみ古墳群ミュージアムのオープンを祝して?
「しだみこちゃん」と「埴輪氏武(はにわじ たける」のハニワを作ってみました。
 当然、中空の埴輪形式です。

史跡めぐり | 11:02:59 | トラックバック(0) | コメント(0)
小野道風朝臣之像
小野道風朝臣之像
 春日井市松河戸にある巨嶽山観音寺。
ここには雲岳作の弁財天の像とともに、小野道風(おの の みちかぜ)の像も設置されています。
 この台座の文字が分かりにくいので、調べてみました。
網掛け部分は類似文字ですが、たぶん合っていると思います。

小野道風朝臣之像 題字
 上の四文字と下の文字は「小野道風〇〇之像」と類推できますが、真ん中の文字は難解でした。
 道風の位階は四位なので「小野道風朝臣」ですが、百人一首で有名な祖父の参議
篁の位階は三位なので「小野朝臣篁公」となるのではなかと思います。

 この題字を書いた「勝 景福」という書家については、分かりません。

史跡めぐり | 06:54:26 | トラックバック(0) | コメント(2)
船頭平閘門
船頭平閘門から長良川
 あいち史跡めぐラリーのスタンプ押しのために訪れた船頭平閘門(せんどうひらこうもん)。
 東名阪自動車道長島インターチェンジと木曽三川公園センターの中間地点、
木曽川と長良川にはさまれた場所にあります。
 長良川側の水路からは養老山脈多度の手前に揖斐川にかかる油島大橋が、
その北側に木曽三川公園の展望タワーと、長良川にかかる長良川大橋が見えます。
 手前の堤防沿いの水路の奥が、船頭平閘門です。

船頭平閘門新旧
 かつて三川が入り乱れ輪中で有名なこの地域ですが、デ・レイケの計画立案で
明治20年(1887)から三川分流の工事が行われ、洪水の被害が軽減しました。
 一方で、木曽川と長良川との通行ができなくなった筏や漁船のために
明治35年(1902)にパナマ運河形式の船頭平閘門が作られました。

船頭平閘門 大小門扉と鐘
  左側の黒い門は当時から平成5年(1993)まで使われていた鉄製のもので、
腐食防止のためにコールタールが塗られていました。平成5年に替えられたものは
ステンレス鋼で、無塗装です。
 扉が2枚ありますが、外側が大門扉、内側が小門扉と呼ばれ、その間は「閘室」です。

 この閘門を通りたいときは、鐘に繋がった紐を引っ張って係員に知らせます。
隣接する管理所である木曽川文庫の方に伺ったら、カヤックでも良さそうな感じ。
(2006年に長良川サ-ビスセンターのイベントで使用したそうです)
 「いつかは、この鐘を鳴らしたい!」
 近隣の出艇場候補地を探し始めました。
 

史跡めぐり | 19:06:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
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